痔ろう 症状〜高校3年生にして痔主。

1994年9月2日
高校3年生だった私は、高校の和式トイレで朝の排便をしました。
お尻の穴を拭いた時、「…?何かできてる…??」と気づきましたが
あまり気に留めることもなくトイレを出ました…。

9月7日
予備校の授業で、席についた私、座ったとたんに「痛い!」
激痛が走りました。ズキン!という痛みでした。
痛くて仕方ないのでお尻をずらして座って授業を聞きました。


それからの症状は…
痛いながらも立っていれば痛くなかった事、
座る時も体勢さえ気をつければ、何とか座れた事から
しばらくそのままにしておきました。
自然に治るだろ、と期待しながら。
高校生という多感な時期から誰にも相談できなかった
という事情もありました。


9月30日夜
ついに痛みに耐え切れなくなった私は母に尻を見せました。
「まあ!」
母はビックリしていた。
「鏡で見てごらんなさい」


初めて自分で自分のお尻の穴を見てみました。
小豆を大きくしたような膨らみが
お尻の筋沿い、肛門の2cm後ろにありました。
その膨らみは大きくてブヨブヨしていました。
ゴクッ…と私は生唾を飲みました…。


10月1日
総合病院の肛門科に行った私は、
初めて他人に尻をさらしました。
先生曰く「膿がたまっていますね」
その膿を抜いてもらうこととなりました。
膿を抜くというより、メスを入れて膿を搾り出すというものでした。
かなり膿が溜っていて、これなら症状が出るはずだと言われました。


まず麻酔を打ちました。
ぎゃあ〜!
膿を搾り出している間も
ぎゃあ〜!


「麻酔打ったんですよね?」
「麻酔が効きにくい部分なんだよ」
「…」
ぎゃあ〜!と叫ぶ事数回。
その間約15分。とても痛かったです。


大量の膿を出した後、先生は「様子を見ましょう」と言いました。
膿を出し切ったようだったので、
私は治ったものと思って帰宅しました。


11月下旬
平穏な生活が続いていましたが、
ついに再発しました。また膨らみが出来たのです。
またその総合病院の肛門科に行きました。


「痔ろうですね。膿を出しても、傷口が塞がって
また膿がたまる。この繰り返しです。手術するしかありません。
受験なら3月に手術したらいかがですか」
とりあえず、膿はそのままにして高校卒業後、手術しようと
いう結論になりました。


高3にして痔ろう
落ち込んだのを覚えています。



12月2日
母が痔についての情報を
パート先から仕入れて来てくれました。
そこの店長の父上が過去に痔の手術をして
その病院は良かったという事でした。


私は早速その病院に行ってみました。
その病院名は本郷医院。


本郷医院でも痔ろうと説明されました。
イボ痔は切れ痔は薬塗って、血行良くして清潔にしておくと
治ってしまう事があるが(私の父、弟もそう)、
痔ろうは手術をしなければ治らない、不治の病なのです。


受験と高校生活があったので、すぐに手術せず
大学受験が終わった高校卒業後に手術する事となりました。
人気の肛門科で、3月にならないとベッドが空かない
ということもありました。


入院含め手術は5日ほど。
さらに、退院後は円座を使用しなくてはいけないんです。
高校に円座を持って行く訳にはいきませんし。
さらに、高校生で痔ろうの手術をしたら
「痔主」とあだ名されることは分かり切っています。
ですから、絶対に在学中に手術する訳にいかなかったのです。


高校卒業まで週1回本郷医院に通い、
膿を出してしのぐ事となりました。
切った跡がふさがってしまうと膿がたまってしまうので
薬を塗って、傷口を開けたままにしておく必要がありました。
でも、傷口を開けておくとパンツが汚れるので生理用ナプキン
をあてておかなければならなくなりました。
なので、私はブリーフパンツを履くことになりました。


そして、大学受験に失敗し、浪人をする事となった私は
予備校が始まる4月10日までに痔ろうを治せば良い事となりました。
卒業式が3月1日。
入院日が3月5日。
手術して完治するまでに十分な時間がありました。

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